Last update: 2003/03/30
本文を若干修正、補足のページを作りました。(2003/03/30)
http://www2u.biglobe.ne.jp/~gen-yu/tutpea.html (連絡先:gen-yu@mtc.biglobe.ne.jp )
「ツタンカーメンのエンドウ」をご存知ですか?ツタンカーメンの墓からエンドウが出土し、3000年以上の年月を経て現代に甦った!…というような話。Googleなどで検索するとゾロゾロ出てきます。
しかし、結論から言いますと、どうもこれ、相当怪しい。「ウソ」と断言するのも難しいのですが、多分に問題があります。にもかかわらず、少なくともWebではあまり指摘されていないようなので、ここに記録して公開します。
誤りやお気づきの点がありましたら、どうかお知らせ下さい。よろしくお願いいたします。
調べだしたきっかけは、2002年の暮れです。「絶望書店」の日記の中に、2001/5/29 ツタンカーメン王のマメ という記事を見つけました。
(前略)吉村作治によるとこの豆を増やして配り始めたアメリカのおばちゃんが冗談を云っただけのことで、日本では弥生時代の遺跡から出たハスの種の発芽に成功した実例があるため広まったのだろうということです。(後略)
実を言うと、私はこれまでこの豆の話を「ふーん、そうなの」程度に素直に受け取っていました。機会があれば、人に広めていたかもしれません。これはまずい。そこで早速検索してみると、疑問の声はほとんど上がっていない中、出ました、吉村教授のお言葉。
ツタンカーメン王墓からエンドウ豆は出土していませんとしか答えようがない
(週間作治 第11号 (2002.4.16) In: 吉村作治のえじぷとぴあ)
http://www.egypt.co.jp/EGYPTPIA/1sakuji's/messege/messege/honbun11.htm
一番下の「世界考古学発掘アカデミー開校3周年!」の記事を参照。
2004/12/19 サイトが模様替えして、上記ページは消えています。Wayback Machine を使うと見えます。
とは言っても、ウラを取らなければ…。そうしたら、ツタンカーメン発掘のいろいろな記録がWebで公開されているんですね(すばらしい!)。
これ、まだ準備中のものも多いのですが、とりあえず、発掘者のカーターによるカード類がデータベース化されており、検索ができます。いろいろやってみましたが、"seed" で2件ヒット。でも、"Small seed of (?): not corn."とか "...a few seeds of hbk(?)."なんて出てくるだけでした。
ただし、別の資料には次のような記述もあります。それでも、レンズ豆 (lentils)とか、ヒヨコ豆(chickpeas)となっているので、エンドウというのは苦しいように思います。
Many seed and other plant products were stored in the Tutankhamen tomb, including watermelon, safflower, emmer wheat, barley, lentils, chickpeas, flax, fenugreek, olive (leaves and oil), almond, date palm, garlic, cumin, and coriander.
これは、The Huntington Botanical Gardens のページ、Plant Trivia Timeline http://www.huntington.org/BotanicalDiv/Timeline_org.html の中の、起源前 1325年の記事の引用ですが、元ネタは、Domestication of plants in the Old World (Zohary and Hopf 1994) という本のようです。まぁ、これだけ書いてあるのだから、何か出ているのでしょう。発掘記録データベースの方がうまく探せていないのか、その辺ちょっと不明なので、原本に当たらないとまずいですね…(→補足)。
一方、エンドウがツタンカーメンの墓の床に散乱した形でまとまって出土した、としながらも、
そういう状態で3300年あまりの時を経て復活したとは考えられない
という人もいます(湯浅浩史 野菜と植物の起源. In:植物の世界 84: 14=195-199 ,朝日新聞社 1995)。また、この「ツタンカーメンのエンドウ」の形質は現代的なもの(昔の品種とは考えにくい)とも述べています。 植物学的には、仮にエンドウが出土していたとしても、3000年以上の期間、生きたまま休眠しているとは考えにくい、とするのが一般的意見のようです。
たとえば、井上頼数編『蔬菜採種ハンドブック』養賢堂1967には、エンドウは「やや短命種子(2〜3年)」と分類されているとのこと。(これも原典に当たってません。原資料は1933/近藤による由)
新ダネと野菜種子の寿命について (野口種苗研究所)
http://www.saitama-j.or.jp/~tanet/hanashi/jumyou.html
もうひとつ、これはイギリスの SAPS (Science & Plants For Schools) というところのページに興味深い記述があったので引用しておきます。
How long can seeds live?
http://www-saps.plantsci.cam.ac.uk/records/rec6.html
There are reports of seeds of Emmer wheat being germinated from ancient silos from the tomb of Tutankhamen at Thebes (4,000-5,000 years old), but these are not well documented and may be a hoax.
こちらでは、エンドウならぬフタツブコムギ (Emmer wheat) の芽が出たという話になってます。でも、怪しい (may be a hoax) とありますね。このページには日本の大賀ハス(弥生時代のハスが現代に甦った話)も紹介されていますし、やっぱりエンドウは出土自体が相当怪しいような…
なお、大賀ハスについても、種子自身では年代測定していない(たねが入っていた船の年代は測定されている)ので、きちんと年代測定をしたものに限れば466年前のものが最古かも、と書いてあります。
Webで「ツタンカーメンのエンドウ」について調べてみると、日本よりは少ないながら、海外でもこの話は知られているようです。"King Tut pea" という表現が一般的な模様。しかし、全くの真実としては受け取られてはいないようです。
The common myth surrounding this pea is that it was found in the Pharaoh's Tutankhamen's tomb. (http://www.heirloomnursery.com/peas.htm)
...more than 5,000 varieties, including a King Tut pea that's rumoured to come from the pharaoh's tomb. (http://webguide.chatelaine.com/listings/home_garden2.htm)
昔の Popular Science にそれらしい記事がある、という話もあるのでこれも宿題です。
これは本格的にやると面白そうなのですが、現在のところ調べが足りないので、概略だけメモしておきます。
一部で異説もあるようですが、この豆は、1956年に日本の桜などをアメリカに贈った返礼として、水戸に入ったようです。
その後は主に学校関係を通じて、特に、1983-86年あたりからは全国的な広がりになったようです。これには、マスコミも随分活躍していて、1990年には朝日新聞が「ツタンカーメンのエンドウ:古代ロマンの輪を広げよう」なんていう特集もやったそうです。これも多分みんな善意からなんでしょう…
そして現在Web上でも花盛り。話はどんどん膨らんでいくもので、たとえば、
ツタンカーメンの棺(ひつぎ)の中から見つかったえんどう豆
古代エジプトのファラオ“ツタンカーメン”のミイラが発見されたとき、その衣服に一粒の豆の種が付いていた。古代エジプトでは沢山栽培されていたであろうその豆は、現代ではその豆の存在さえ知られていなかった。何千年もの時を越え現代に蘇った豆。それが、いつのまにか人から人へ受け継がれ栽培されて密かに広まってきた。 これがエジプト豆です・・・・・
なんていうテキストが見つかります。上のは某地方紙、下のはラーメン屋さんのお言葉だそうです。あえて出典は書きませんが…
最初に書いたように、私はこの件であまり大きな事は言えません。しかし、
やっぱりマズイのではないか?
と思っています。なにがマズイのかと言うと、自分の頭を使って考えるとか、せめて、自分の手と足を使って調べるということもなしに、信じてしまう。もしかしたら信じるも信じないもなく「そういうこと」として受け入れてしまう。
この話の広がりに学校やマスメディアが多く関わっている、というのも象徴的というか何というか…。
このまま観察を続けるのも面白いかなぁ、などと意地の悪いことも一瞬考えましたが、そういうことで、とりあえずページにしてみました。もしこの豆について、Webページや出版物を書かれてる方がいたら、「相当怪しい」ということをきちんと書くか、このページにリンク張っていただければと願っています。
事情は分かっているが、ロマンチックな物語と共存させたくて悩んでる方もあるようですね。でも、はっきり書くべきです…「発掘されたエンドウであるという確証はありません」って、「多分違います」って思ってるのではないのですか?でもそうは書かず、「しかし、(中略)珍しいエンドウです。ちょっと変わったエンドウを育ててみませんか? 」、と紹介が続くのですが。
怪しい話と知った上で「ネタ」として楽しむには問題ないし、面白い。可能性ゼロって訳でもないんだし。でも、今のままだとちょっと、と思うのです。
公開: 2003/01/02 修正: 2003/03/22