熊手というか、モリというか…
多摩川下流の、川のすぐそばの池で、上図のような謎の熊手を発見 (2001/03/12)。 水面のゴミの中にいました。
後日、熱帯魚用の網で、水や、岸についているモヤモヤをすくうと、 他にも沢山とれました。左下のように、大きさも、結構いろいろあります。ただし、いずれも抜け殻。 画面の横幅が、大体 3.5cm 位ですので、結構大きい。
そのうちの一つを更にアップにすると、右のように、それぞれ2又になっているのが分かります。2 x 6 = 12 本。その下の方にもまだいくつか。
で、例によって「これは何なの?」となった訳ですが、どうもこの「熊手」の格好がフジツボとかカメノテが殻から外に出している部分を連想させます。
ちなみに、この類を、蔓脚類(ツルアシルイ、まんきゃくるい)と言いますが、その蔓脚・ツルアシとは、この部分のことです。
でも、ここは海ではありません。えーっ、池にフジツボ???、まさかねぇ。
しかし!岸の板壁のところに、いましたぁ(↑)。
こうなると、どうも本当にフジツボ関係らしい、と現在考えています。「ことごとく海産で、ただわずかの種が汽水に住む.」とあるので、まぁ、いないわけではないようです。確かに塩は入っている池ですので。
それからもうひとつ、次の図を見てください。
フジツボ類は、ミジンコとかエビとかと同じ、甲殻類です。甲殻類は、卵からかえるとまず、「ノープリウス」という幼生になります。それから各グループ毎に、いろいろな幼生へとつぎつぎに変態をして、成体になっていくのですが、フジツボ類ではノープリウスの次に、「キプリス (Cypris)」と言われる幼生になります。
左の図がこのキプリス幼生の図です(動物系統分類学 7上 p.141。元図はHOEKより)。ちょうど、カイミジンコのような偏平な殻に入った形です。ここから第一触角だけを殻の外に出し、それで岩などに固着します。 (図では15とあるところ。つまり、頭は左側になります。)13 とあるところに、ツルアシができているのが分かります。
非常に乱暴なたとえですが、ちょうどミジンコが、頭の方の触角で水の底の岩につかまって逆立ちする。そのうち、足(胸にある)がツルアシと呼ばれる特殊な格好に変化し、まわりに丈夫な殻をつくる。オトナになると、そのツルアシだけを外に出して、それでエサをかき集めて食べる、というようなイメージです。
そして、この左の写真。上の2番目の写真の中にもあるものですが、キプリス幼生の図と見比べてみてください。上の図と方向は同じです。ツルアシが随分大きくなっていて、形が少し違いますが、偏平な鞘に入っていて、熊手はまだ開いていないところは、よく似ています。
ということで、これはどうも、キプリスが大きくなって、オトナになる時脱いだ殻なのではないか?と思われます。更に何回か脱皮もするようなので、他の大きいのは、その時のやつでは… なるほどー(と自分で納得してしまったのですが、どうかな ^^?)。 → ちょっと違いました。補足しました。
「フジツボの脱皮殻である」というのは正解、しかし、キプリス幼生うんぬんの所はちょっと違いました。
要は、私が見たのは幼生の脱皮殻ではなく、もっと大きくなった幼体、あるいは成体の脱皮殻である、ということです。フジツボのノープリウスやキプリスは、海のプランクトンとしてよく採れるし、脱皮殻も、暖かくなると多く見られるそうです。キプリス幼生の画像は、以下のページで見られます(図4, 8)。
この文書は残念ながら消えてしまいましたが、キプリス幼生を含む、フジツボの生活史の模式図が、伏谷着生機構プロジェクトのページにあります。キプリス幼生のサイズは、長さ 0.5mm 程度のようです。
また、トップの写真で「熊手」と一緒に、斜めに一本「つ」の字の形に、長いものが見えています。拡大写真では、横に縞が分かります。これは「ペニス」の脱皮殻のようです。ペニスがあるということは、性的に成熟した個体と考えられますから、幼体でもなく、立派なオトナ「成体」ということになります。
なお、フジツボは、雌雄同体で有性生殖をします。長いペニスを別の個体に差し入れるのですが、本によれば、いわゆる交尾とはちょっと違う(メスの生殖器に入れるのではない)とのこと。
それから汽水のフジツボの話ですが、アメリカフジツボ、タテジマフジツボ、(ドロフジツボも?) などは、かなり塩分濃度が低くても大丈夫らしいです。(2002/04/11 追記参照)
以上、野方さん、上野さん、今泉さん (共にjfish)、情報ありがとうございました。
それにしても、この池の塩分濃度のデータは重要だな、と思いつつ、一度簡単に見ただけ。その時は海水の1/4程度でしたが、どうも怪しい…。 ^^;
2002/04/11 追記 (正体判明!)
少し前に、かつてフジツボの研究をされていた、久恒義之さんからメールをいただき、 「写真を見る限り、タテジマフジツボの仲間でBalanus 属に間違いない」、と教えていただきました。その後、ありがたい事に、この汽水池のフジツボを実際に調べて下さいました。結論としては、
ヨーロッパフジツボ(Balanus improvisus )でほぼ間違いない
そうです。この種は帰化種で、強内湾(湾の奥)、汽水域での生息が知られているが、なんと、久恒さんも現物を見たのは初めてだそうです(この仲間は東京湾でよく見つかるし、本種も日本初記録という訳ではない)。それから、もう1種、ドロフジツボ(B. kondakovi )というフジツボも少数ながら混じっていたとのこと。
うーむ、やはりあの池は面白い!
なお、久恒さんは、奇遇にも私と同業者で学校もすぐ近くだったのですが、全く存じ上げませんでした。灯台元くらし、そして、インターネット恐るべし…
…と思っていたら、 今回更に、大学時代お世話になったN教授を通じてのつながりがあることが判明。びっくりしました。なんか不思議なものです…。